最終更新日: 2014/02/13 作成日: 2011/11/09

古典力学,統計力学や電磁気学,量子力学などでは近似するためにテイラー展開を使うことが間々ある.どうも混乱してしまう学生が少なからずいる模様.何に気を付けておくべきか,間違えやすいところは何処か分かっていれば,むやみに不安がる必要もなくなると思う.

そこで近似するときに気を付けておくべきポイントを2つ紹介しておこう.

1. 何が小さい量なのか?

「原点近傍の電気双極子( ( \pm q ) の電荷が ( d ) だけ離れているとする)のつくる電場は十分離れた位置 ( r ) では」などと言って ( r \gg d ) とする.このとき,何が微少量かと言えば,( d / r \ll 1 ) から分かるように ( d / r ) なのである.( d )が微小量だと言うのは間違いであることに注意してほしい.( d )自体はどんな大きさでも良いのである.決して小さくない値,たとえば( d = 1 [{\rm m}] )であっても,( r = 10^{10} [{\rm m}] )なら文句無く( d / r \ll 1 )なのである.何かに対して小さいとか大きいとか言えても,それ自体には大きいも小さいもないということ.また,( d \ll 1 )という書き方も気持ち悪いと感じられるようになってもらいたい.( d ) は距離の次元を持つのに対して,( 1 )は単なる数でしかない.単位がないのである.これでは,その( 1 ) が1メートルなのか,1キロメートルなのか,はたまた1ナノメートルなのか定まらない.( d / r \ll 1 )と表記すれば,それは( d )と( r)とが比べられていて,同じ次元の大小関係になっているのである.

以上はまだ分かりやすい例で,少々込み入ったものに,統計力学ではお馴染み(?)の ( \exp(- \epsilon / k_B T) ) のような形をしたものがある.高温のときの ( k_B T \gg \epsilon ) と低温のとき ( k_B T \ll \epsilon ) とで ( 1 ) に近い量なのか微少量であるかが変わってくる.

もう少し詳しく説明すると,高温では( \epsilon / k_B T \ll 1 ) となる.つまり,微少量は ( \epsilon / k_B T ) なのであって,( \exp(- \epsilon / k_B T) ) は微少量ではなくて ( 1 ) に近い値をとる.逆に低温のときは( \epsilon / k_B T \gg 1 ) から ( \exp(- \epsilon / k_B T) ) は微少量となる.

2. どの近似式を用いるか?どのオーダーまで残すか?

ほとんど**1.**と対になっているようなものだが,どれが微少量かハッキリとしたとき,適切な近似を用いなければならない.特に紛らわしい項として ( \log{ 1 - \exp( - \epsilon / k_B T) } )を挙げておこう.何が微少量で,どれを展開すべきか,と考えよう.

繰り返しになるが,高温では( \epsilon / k_B T \ll 1 ),つまり,微少量は ( \epsilon / k_B T ) だった.よって( \exp(- \epsilon / k_B T) ) は微少量ではなくて ( 1 ) に近い値をとる.( \exp(- \epsilon / k_B T) \simeq 1 - \epsilon / k_B T )から,

[ \log\left{ 1 - \exp\left( - \frac{\epsilon }{ k_B T}\right) \right} \simeq \log \left( \frac{\epsilon}{k_B T} \right)]

低温のときは( \epsilon / k_B T \gg 1 ) から ( \exp(- \epsilon / k_B T) ) は微少量となり,( \log(1-x) \simeq -x )から

[ \log\left{ 1 - \exp\left( - \frac{\epsilon }{ k_B T} \right) \right} \simeq - \exp\left( - \frac{\epsilon }{ k_B T} \right) ]

となるのである.

学部で習う電磁気学や統計力学では,打ち消し合わない限りだいたいが最低次までの展開でよく,稀に高次の項を求めなければならない場合がある ((より詳細な議論をするためには,高次の項が当然必要になってくる.学部のときにもそういうものを議論する問題に当たることがある.統計力学の低温展開の4次の項を求めるとか.)).