最終更新日: 2019/04/09 作成日: 2019/04/09

これからよくなるという漠然とした期待。

漠然とした不安や焦燥を討ち亡ぼすものは、未来への期待しかない。漠然と「きっと未来は明るい」と信じられること。不安よりも希望。焦燥ではなく期待。

「そんなものはない」なんて言われそう。まぁそうだよね、その感覚が染み付いてるからこその現状だからね。でも明るい未来がないなんてことはないと思うんだ。こればっかりは、そうじゃない土地に行ってみないと分からないと思う。あるいは、そういうひとたちと出会うくらいしかない。

在り来たりな表現を使えば「将来のヴィジョンがない」ということになるのだろう。夢物語に見えてはいけないけれど、現状からの線形な外挿は軽く超えないといけない。如何に線形より上をイメージさせるか、なのかもしれない。

個人的には、帰属意識の薄れがこんなことを招いたのではないかと思っている。

流動性の高い組織は帰属意識が弱くなる気がしていて、でもそれは組織にとって致命的なのだと思う。帰属意識が低いと、沈みはじめた時点で優秀なひとなら即抜けだしてしまうだろうし、優秀な人材が欠ければ余計に沈むわけで、その負の連鎖に入ってしまうと、組織はあっという間に終わる。強い組織は、ひとが適度に帰属意識を持っている気がする。帰属意識が強すぎると、固執に変わったりしてそれはそれでまた面倒。

そして、ヴィジョンを描けないのは、たぶん皆んな個でしか生きていないから。元気で将来有望な人材がいれば大きなヴィジョンが描けるかと言うと、そうではない。大きいことをするためには、大きな組織が要る。でも強くて元気な組織は現在のところ作られていない。個人の人生設計に伴うヴィジョンは描けても、会社や社会の将来に向けたヴィジョンを描けるだけの組織が日本にはない気がしている。それが今の、と言うかここ十数年の日本の問題なのだと思う。